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12月15日 瞑想日記 『死を思うと楽になる』


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協会の記事ではありません。

 サークル仲間の所感です。  

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12月15日 瞑想日記 『死を思うと楽になる』

 寺の周辺の土地の問題でときどき煩わされることがあります。けっこう時間が掛かり上手く運びにくい問題です。生きていると否応なくこのような雑務に煩わされます。

 そのようなとき、自分が死ぬことを目の当たりにすると、その煩わしさは消えます。欲も怒りも消え、すべてが管轄外、すべてはなるようになります。

 俗世間の普通の人々は生に執着し、「死を忌み嫌います」そのような人々にとって、無意識的にも死はこの世の中で一番嫌い、一番恐ろしいものとして存在しています。

 そこで、本当の仏教者はその真逆の道を行きます。死を自分の親友のように扱う、死と親しくする、死を忌み嫌わないでいつも自分の側におく、先ず、これでくだらない宗教に引っかかることも、金儲けで騙されることもなくなります。死は究極の瞑想になります。死髄念・死の瞑想とはそのことです。

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 ◎スマナサーラ長老の言葉 『死を思うと楽になる』

 実際、今にも死ぬかもしれないと思うと、面白いことに結構元気になります。喧嘩もしたくなくなるし、何か嫌なことを言われてもすぐにニコッと笑い返せる。仕事を頼まれても嫌だと思わずにすぐにできます。そして自分の智慧や能力がジリジリと発達します。

 ときどき私も弟子のことで困ったりしたときは、すぐに自分の死を頭の中に思い浮かべます。「自分が死ぬという場面でこんなことはぜんぜん関係ないだろう」と思うと、すぐに楽になります。


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